近況報告8.15

先日、久しぶりに創作のための時間ができたので、某チェーン系カフェで三時間ほどアイデアなどをひたすら書き出していました。
プロットというほど立派なものではないのですが、大体こんな感じで~とか、このくらいの文字数のお話を~とか。
今年の下半期に必要(になるであろう)ものは一通り出揃ったので、あとはPCと向き合って言葉を積み上げる、つまり毎回ながらの賽の河原期間がスタートです。

【最近考えていること】
最近、『庭の話』(宇野常寛/講談社)をたびたび読み返しています。
この本では昨今の情報社会・プラットフォーム社会における個人のあり方について、「庭」という概念を提唱します。
この「庭」は、『市場からの「評価」にも、共同体の「承認」にも依存しない第三の回路』(宇野氏のnoteより抜粋)ということなのですが、読めば読むほど「これはコミケ(同人イベント)のことでは……?」と思えてしまって、以来頭から離れず……笑

現代は人間が人間ばかり相手にしていて、他者との関係性に比重を置きすぎている。ポジショントーク、マウント合戦、承認欲求、無限に増え続ける「界隈」、などなど。
その息苦しさから少し距離を置くために、人間はヒトではなく、モノと関わる場があればいいのではないか。
モノを作り(本書中では「制作」と表現)、モノと関わる。
そのモノを通じて、個々人がゆるく、ただ「制作」を通じてその場に会する自由な時間と場所、空間。
そこは資本の獲得を至上命題とする実社会とは無縁で、かつ、共同体的なしがらみからも解放されている。
それが、労働の換金性=市場価値に追い立てられる一方、プラットフォーム上の共同体からの承認のために日々を費やす現代人にとって、一つのヒントになりうるのでは――。

うん、イベントだな!笑
引きこもって黙々と原稿を書いて、どうにかこうにか本にして、それを持ち寄って会場に行くと同じように何かを作って集まった人たちがそこにいて。誰とも生活圏は被らないし、何だったら素性もよく知らないけど(笑)、それでも「同人活動をしている」というだけでゆる~~~く繋がっているような感覚。制作を通じたぼんやりとした自由、それが漂う時間と空間。
で、「次も(生活が破綻しない程度に)本を作れたらいいな、またイベントに出たいな」って思いながら、戦利品を抱えて日常に帰っていく。

自分が今、Web(Pixiv)ではなく同人誌で作品を発表しているのには色々と理由があるのですが、そのうちの一つは「イベントに出たいから」というのがあります。
もちろん興味を持って手に取って下さる方に直接お渡しできるという嬉しさがあるのですが(お手に取ってくださった方、ありがとうございます!)、そもそもイベントという、何かが好きで、好きすぎて、勢い余って少なくない時間を注いで何かを作ってしまった人たちが、それを持ち寄って集結している空間そのものが、すごく楽しい。
勢い余って作るものだから内容もまったくカオスだったりするわけだけども、「いいじゃない好きでやってるんだから」って言い切れちゃう自由もある。
好きだ、書いた、何か出来た、せっかくなので置いときます。それだけで基本OK。
それだけでも嬉しくて、同じようなことをしている人たちを遠目に眺めて、何だかもっと嬉しくなる。
ちょっとだけ大げさに言うと、「まだまだ世の中捨てたもんじゃないねぇ」と思える。
だからまだしばらくは、イベントに顔を出せたらいいなぁ~と考えています。