ロベリーはとても上機嫌だった。
どれも盛りは少なかったが、前菜、スープ、メインの全てを綺麗に平らげ、その間に幾度もグラスを干した。
「しかし、ユーがシーカーストーンを忘れてくるとはな」
対面に座ったゼルダのグラスに酒を注ぎながら、ロベリーが言った。
「もういいじゃないですか。マグネキャッチがなくても、ちゃんと仕事はしましたよ」
リンクが反論すると、
「なに、実にファンであるからしてな」
と、愉快そうに肩を揺らした。リンクたちが土産として持ってきたリンゴ酒は、すでに三本目も半ばになっていた。
ゼルダが助け舟を出してくれる。
「実験のためにプルアに預けていたのを、私が忘れていたんです。気がついた時にはもう双子山の近くで、引き返すのもためらわれて。リンクの落ち度ではありません」
「ノンノン、ワンダフルだということです、姫。ああいったツールがなくても旅に支障がないというのは、まことにグッドであります。セーフティな世になったという証拠です」
相変わらずの妙な口調は、酔いの度合いを分かりにくくしていた。
が、横の夫人がにこにことしているのを見るに、あまり心配はないのだろうと察された。
黒パンをちぎって、口の中に放り込む。
リンクは酒が飲めない――身体が毒だと認識するらしく、一切受けつけない――が、だからといって、こういった席が楽しめないわけではなかった。
「プルアセンセは、オ変わりありませんカ」
夫人は、かつてプルアに弟子入りしていた。
ハテノ古代研究所の所員という括りでいえば、ゼルダの大先輩ということになる。
「はい。シーカーストーンに新機能を追加するといって、解析にはげんでいますよ」
「む。それはインタレスティングな」
「進展があったら、すぐに報告しますね」
ゼルダは持ち上げたグラスを唇の真ん中に軽く押し当てて、ゆっくりと傾けた。
一つ一つの動きが、とても洗練されている。ハイラル王国の姫君として生まれた彼女らしい、上品な飲み方だった。
「ときにリンク。ユー、少々ビッグになったか」
リンクは塩のきいた肉のかたまりを咀嚼したあと、勢いよく飲みこみつつ頷いた。
「大きくなりました」
「ライト! ミーの勘もまだまだ捨てたものではないな」
ロベリーはにやりとした。
食事時でも外さない変わった形のゴーグルの下で、小さな目がきらりと光った気がした。
「ここにいるうちに、シーカーレンジで体長データをスキャンし直しておこう。古代鎧は、あれでセンシティブな機構をしているからな。ジャストなパフォーマンスを引き出すには、身体の成長にプロパーにフィットしている必要がある」
リンクは最近、身長が伸びた。
外見が劇的に変わったというほどではないが、背中と、膝から下と肘から先が少し伸びた、ような気がする。
今さらかと我ながら呆れるが、何であれ、大きくなるのは嬉しい。
百年越しの成長期というわけだ。
「シーカーレンジは、本当に素晴らしい発明ですね。あのサイズで、あんなに多くのことが実現できて」
ゼルダは微笑んだ。
「王立の研究所があったころは、古代遺物のデータを採取するだけでも大変でしたもの。機材はとても大きかったし、効率もあまりよくなくて」
オウ、とロベリーは禿げ上がった額をはたく。
「お恥ずかしい。あのころはエブリシングが発展途上で、ミーも未熟でした。バット、あのころ苦心してベースをビルドしたからこそ、いまがあるというのもまた事実――」
それからあとは、昔話になった。
ハイラル平原の北にあった、王立古代研究所のこと。働いていた研究員のこと。
当時所長だったプルアが妹と喧嘩をして、板挟みになったロベリーがひどい目にあったこと。その妹から詫びにと送られてきた城下町の菓子が、いかに絶品であったか。
ロベリーとゼルダは和やかに、時に声を立てて笑いながら話し続けた。
それはもちろん、相手が傷つくことのない話題をお互いが注意深く選んでいる結果なのだと、リンクはよく分かっていた。
飲みかけのグラスの底で、リンゴ酒がうっすらと膜を張っている。
古代エネルギーの熱を利用して作ったというガラスは青く、厚みがあった。
それはテーブルの上の燭台の光を、鈍く淡く反射していた。
やがて夫人が淹れてくれた茶がゆきわたり、全員がそれとなく、酒宴の終わりを意識したときだった。
リンクの背後から、素頓狂な声がした。
『時間デス、ワレ。時間デス』
声は部屋の隅から発せられていた。
来客のために追いやられていたシーカーレンジが、同じ言葉をくり返す。
ずんぐりとした胴体が、すねたように青白く明滅していた。
何ごとかと驚くリンクとゼルダとは対照的に、夫人はのんびりと、アラもうそんな時間、とつぶやいた。ロベリーもまた少しも動じずに、悠々と茶をすすっている。
「タイマーというのは、実にコンビニエントなものだな」
「タイマー?」
リンクの質問をあっさりと無視して、ロベリーは両手を合わせ、グッドなテイストであった、と一礼をした。
そしてその手をぱん、と叩き、場にいる全員を見渡しながら宣言した。
「諸君、二階に移動しよう。天体観測の時間だ」